会計士の気まぐれ日記

ビジネスに関する有益な情報をお届けします。たまにただ思ったことや感じたことを書きます。

日産の事件はなぜ起きてしまったのか?

4日前の11月19日、「カルロスゴーン氏、逮捕」という旨のニュース速報が飛び込んできました。私は勤務中だったのですが、スマホでその文字を見て「どういうこと!?

」となり、帰宅後に色々調べていましたが、まだその段階では事実関係がよく分からず、ネットで調べてみても様々な人の憶測が飛び交っていて、イマイチ何が起きていたのか分かりませんでした。

しかし、捜査が進むにつれてある程度今回の不正事件の背景が見えてきたので、今回は「カルロスゴーンはどのような不正を行なったのか」、「このような事態が発生した原因は何か」ということについてまとめてみたいと思います。

 

まず、今回の事件でどのような不正が行われていたのかを振り返ってみましょう。

11月22日に日産が公表した「代表取締役の異動に関するお知らせ」によれば、カルロスゴーン氏が以下の不正行為を行なっており、グレッグケリー氏がゴーン氏と共に当該不正の首謀者となっていたことが確認されています。

 

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(日産HPより)

 

報酬の過少記載

①についてですが、これが今回話題となっている「報酬の過少記載」です。

有価証券報告書(以下、有報)を読まれたことがある方は既にご存知かもしれませんが、有報には役員報酬の総額を記載することが要求されており、また、個人の報酬総額が1億円を超える場合は、その者の名前と具体的な報酬の内容、金額を記載しなければなりません。

現在出ている情報によれば、2011年度の有価証券報告書から現在に至るまで、カルロスゴーン氏に対する報酬金額が50億円ほど過少に記載されていたとのことです。

  

そして過少記載の主な内容は、SARと呼ばれる「株価連動型インセンティブ受領権」だとのことでした。聞き慣れない言葉かもしれませんが、これは業績向上のインセンティブの一環として役員等に付与されるものであり、付与時点の基準株価から自社の株価が上昇すればするほど、多額の報酬が現金で支払われる仕組みになっています。

例えば、付与時点の基準株価が500円だとして、付与後に株価が1,000円まで上昇し、その段階で権利行使をすれば、差額の500円に付与対象株式数を乗じた金額の現金が支払われますが、一方で、業績が振るわずに株価が300円まで下落してしまうと、もらえる報酬はゼロとなってしまいます。

そのため、会社としては、役員が業績向上のために頑張ってもらういい動機付けになるし、役員自身も成果を出して株価が上がるほど報酬が増えるので、より経営にチカラを入れることにもつながります。

 

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報道によると、ゴーン氏はこのSARにより40億円分の報酬を受け取る必要があるのにも関わらず、これを有報に記載していなかったとされています。この文面だけを見ると、ゴーン氏は40億円の報酬を支払われたわけではなく、あくまでも現在の株価に鑑みて、40億円の報酬を受け取る権利があるにすぎない可能性もあります。

以下は2017年3月期の有価証券報告書の抜粋ですが、2010年3月期以降の有報全ての有報に「株価連動型インセンティブ受領権」に記載されている金額は、期末日時点の公正価額である、つまり実際に支払われた金額ではないことが記載されています。(支払われた金額が金銭報酬の欄に含まれている可能性はありますが)。

 

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SARの不記載に気づいた担当者がゴーン氏に問い合わせたところ、「記載の必要はない」と答えられたとの報道がありましたが、個人的にはゴーン氏は、「SARの報酬はまだ払われておらずあくまで含み益の状態なんだから、記載しなくても別に問題ないだろう」程度に考えたのでは?と思っています。そう考えると、本当に有報の虚偽記載として立件できるのかどうかについては少し疑問が残ります。

(余談ですが、実際に見ていただければわかる通り、この株価連動型報酬に関する情報の開示は現状かなり限定されてしまっているので、記載の拡充が今後要求される可能性もあります。)

 

会社資金の私的流用

続いて、②、③に挙げられている投資資金・経費の私的流用について。

これらについてはまだ詳細なことがそこまで分かっていませんが、日経新聞によれば、どうも複数の会社にまたがって日産から資金を動かし、最終的にレバノンやブラジルでのゴーン氏の高級住宅購入資金に充てたと報じられています。

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出典:租税回避地へ資金 ゴーン会長「自宅」購入で :日本経済新聞)

 

これについてはアウトと言っていいでしょう。

社会の公器とも言える上場会社のカネを使ってこのような私的な目的で住宅を購入したりするのは横領と同義であり、明らかに犯罪性があると言えます。そしてこのような物件購入以外にも、様々なところで会社のカネを使っていたことが考えられます。

まあこの辺りについても、アメリカとかと比べて日本の役員報酬水準が低いのは事実だし、それならば他の方法を使って自分の生活をもう少し潤してやろう!と考えてしまうのは、彼の功績に鑑みてもそこまで不自然ではないような気もします。金額についてもさほど重要性があるとはいえませんし。

しかし、そのような誘因があったとはいえ、上場会社を使ってそれをやってはいけません。

 

  

では、上記一連の不正行為の結果、結局誰がどのような責任を負うことになるのでしょうか?「特別背任罪」やら「有価証券報告書の虚偽記載」やら色々言われていますが、実際どのような法律違反が考えられるのかをざっくり整理しておきます。

 

 

有価証券報告書の虚偽記載

下図は今回の不正がどの法律を基にどのような形で責任を負うことになる可能性があるかを簡単に図示したものです。

 

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 (筆者作成)

 

まず、役員報酬の過少記載については、金融商品取引法(以下、金商法)の違反となります。

有価証券報告書の虚偽記載を行なった場合、有報について「重要な事項につき虚偽の記載のあるもの」を提出した者は、10年以下の懲役か1,000万円以下の罰金が科せられることとなっています。ホリエモンが逮捕されて刑務所へ行くことになったのも、この有価証券報告書の虚偽記載を行ったと認められたためです。

 

 

この罰則は個人だけではなく会社に対しても適用されます。つまり、日産も7億円以下の罰金を支払わなければならないということです。

また、金融庁の判断次第では課徴金も納付しなければなりません。まあ日産の規模からしたら罰金も課徴金も重要性はないため、罰金や課徴金経営に影響するということは考えられませんが。。

 

損害賠償責任(利益相反取引)

 次に、②投資資金の私的流用と、③会社経費の私的流用は、会社法の違反となります。

 

会社法上、取締役が自己または第三者のために会社と取引をする際は、取締役会の承認を得ることが必要となっています。例えば、A社が10億円の価値のある土地を持っていたとしましょう。A社の代表取締約であるX氏は、この土地の上に自宅を建てたい!と思いました。しかし、X氏は10億円も払いたくありません。そんなとき、A社がX氏に5億円で土地を販売したらどうなるでしょうか?

A社で5億円の損失がでてしまいますよね。このように取締役が独断で会社と取引できるようにしてしまうと、取締役に利益が発生することにより会社に不利益が生じてしまう可能性があるため、取締役会の決議が必要となっているのです(会社法365条)。また、この例のように直接A社とX氏の取引でなくても、A社がB社に土地を販売する場合で、そのB社の代表または代理人がX氏である場合、実態はA社とX氏が取引しているのと同じなので、A社の取締役会が必要となります(ゴーン氏の件はこちらに該当)。

会社法上では、このような取引を「利益相反取引」と呼びます。

 

 

今回のゴーン氏の件は、日産の資金がオランダの子会社とバージン諸島の孫会社を伝い、最終的にゴーン氏の高級住宅の取得に使われています。この子会社、孫会社はいずれもゴーン氏の意のままに動かすことができる、つまり代表権があると考えられる(というか、ゴーン氏の意のままに動かすことのできない会社がゴーン氏の住宅を買うわけがない)ので、その場合、この高級住宅の購入取引は、会社法上の利益相反取引に該当する可能性があります。

 

 

そして、会社法上は、この利益相反取引によって会社に損害が生じた場合で、その責任について役員の故意または過失が認められる場合は、当該役員は損害賠償責任を負うことになっています。

ゴーン氏は10億円の住宅を無償で使うことができる一方で、日産としては10億円が丸損になってしまう(日産は今後この物件から収益を獲得することができないと考えられる)ため、会社に損害が生じているといえます。そしてゴーン氏が意図的にこの利益相反取引を行なっていることは明らかであるため、この取引が利益相反取引であると認められた場合、ゴーン氏は日産に対してこの損害賠償責任を負うことになるのです。つまり、日産は訴訟を提起し、ゴーン氏から「高級住宅の購入資金を返せー!」と言えるわけです。

もし、日産がゴーン氏に対して訴訟を提起しない場合は、日産の株主が日産を代表して訴訟を起こせます(これを株主代表訴訟といいます)が、今回は日産の経営陣がゴーン氏に対して不信感を抱いていると考えられるので、株主代表訴訟によらずとも日産が訴訟を提起してくれる可能性が高いのではないでしょうか。

 

特別背任罪

会社法960条によると、役員等が自己または第三者の利益を図りまたは株式会社に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、当該株式会社に財産上の損害を加えたときは、10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金に処されることとなっています。

ゴーン氏は、自己の利益を図って高級住宅を購入した可能性が高いので、それにより日産に損害を生じさせていることをもって特別背任罪が認められることが考えられます。これは有価証券報告書の虚偽記載と同じく、刑事罰です。

 

www.fnn.jp

 

上記の記事を見ていると、このあたりの量刑がどのようになるかは、「動機が何だったか」によって変わってきそうだとのことです。

つまり、ゴーン氏が不正をおこなった理由が

・役員報酬を多額に記載することで想定される株主からの反発を恐れていたからなのか、

・自宅の購入資金が不足する等、個人的事情があったからなのか

で、罪の重さが変わってくるということです。

個人的には、動機は前者である可能性が高いし、日産の会社規模、ゴーン氏のこれまでの構成を考えると10億円少々という金額にそこまで重要性があるとは思えないので、そこまで重い罪にはならないような気がしますが。この辺りについては今後捜査で明らかになっていくと思うので、今後の動きについて見ておきたいところです。

 

一番の原因は、ルノーと日産の資本構造?

さて、上記一連を見て、ゴーン氏とその共同首謀者であるケリー氏に大きな責任があることがわかったと思います。一番悪いのは彼らであることは間違いありません。

では、この2人の不正行為をなぜ止めることができなかったのでしょうか?

様々なところで言われている通り、私も、ゴーン氏の長期統治により、日産のガバナンス体制が弱体化していたことは間違い無く原因のひとつだと考えています。最近まで社外取締役を1人しか置いていなかったことも、ガバナンス体制の脆弱性を表していると言えます。

しかし、かといって現在の取締役や監査役に一方的に責任を追及することも難しいのかなとも思っています。

 

有報にも記載されていますが、役員報酬の決定は、取締役会からゴーン氏に一任されており、ゴーン氏は自らの報酬を決定することができる状態にありました。そもそも、日産が指名委員会等設置会社であれば、役員の報酬は、報酬委員である他の取締役によって決定されるため、このような役員報酬が独断で決定されるということは基本的には起こりえません。

しかし、日産では指名委員会等設置会社へ移行しようとしても現実的に難しかったのかもしれません。なぜなら、指名委員会等設置会社へ移行するためには定款を変更する必要がありますが、定款変更には株主総会の特別決議が必要であり、日産株式の約43%を保有するルノーが賛成しない限りは定款変更が認められないためです。

ルノーはゴーン氏が代表しているので、ゴーン氏が指名委員会等設置会社へ移行するのを拒む限り実現することができない状態になっていたといっても過言ではありません。

  

また、上記の利益相反取引も、おそらく取締役会の承認を経ずに行われていたことから、他の取締役が止めようにも、そもそも知らなかったのだから止められない、といった状況だったのでしょう。そうなると、日産のガバナンスが機能していなかったのは間違いないのですが、その一番の原因は、役員によるゴーン氏への監視機能不足というよりかは、ルノーと日産の資本構造にあるのではないか思います。

 

先述の通り、ルノーは日産の約43%を保有していることから、ルノーは日産の株主総会特別決議の拒否権があり、また、高い確率で株主総会普通決議を可決することができます。そしてルノーのトップにはゴーン氏が就いているので、実質的にゴーン氏がルノーを通じて日産を支配していた、とも考えられるのです。

 

 

日産としては、一旦この構造になってしまうとなかなか抜け出せません。

この資本構造のままゴーン氏の独裁を終わらせるためには、ゴーン氏の日産の取締役としての地位を解任する必要がありますが、このような状態だと株主総会でゴーン氏解任の議案を提出したとしても、過半数の賛成を得ることはかなり難しいと言えます。

また、ゴーン氏がルノーの会長職を離れれば問題も解決できそうですが、日産がフランス政府を含むルノーの株主に働きかけてゴーン氏を解任に追いやるのもほぼ不可能でしょう。

 

 

そう考えると、誰か他に日産の大株主が現れない限りは、日産がゴーン氏の支配から抜け出すことはほとんど不可能に近かったのかもしれません。

これはあくまでも私の妄想にすぎないですが、今回の件は「内部通報」というよりかは、ゴーン氏率いるルノーの支配から抜け出すために、現取締役らが過去のゴーン氏の取引に少しでも違法性のある取引等がないかを調べ、見つかり次第その違法性のある取引を大々的に公表することで株主総会での解任議案に対する賛成票が集まるようにして、一気に解任へ追いやろうという考えのもとで発覚した、ということも考えられます。(ほんとに妄想なので、話半分に聞いてください。笑)

 

 

結論、「ガバナンスの問題が露呈した」等色々言われていますが、実際は「問題があることは分かっていたけど、解決することが難しかった」のでしょうね。とはいえ、今後ゴーン氏とケリー氏が日産の取締役を解任され、ルノーの取締役としての地位も解任された場合は、現状のルノー、日産間の資本関係と取引関係が見直されていくのだと思います。

日産にとってそれがいいことなのかどうかは神のみぞ知るところですが、現経営陣としては資本関係と取引関係の見直しが当面の目標なのでしょう。

 

最後に、下記2つの記事は今回の件を考えるにあたって非常に参考になると思うので、ぜひご覧になってみてください。

 

blogos.com

newswitch.jp

 

長文になってしまいましたが、本日も最後までお読みいただきありがとうございました。