会計士の気まぐれ日記

ビジネスに関する有益な情報をお届けします。たまにただ思ったことや感じたことを書きます。

ソフトバンクが巨額買収に乗り切れる理由

2016年7月18日、ソフトバンク株式会社(以下、ソフトバンク)の孫正義氏は、3.3兆円もの金額でイギリスのARM Holdings(以下、ARM)を買収することを発表しました。

 

 

ソフトバンクは2006年3月に1兆7,820億円でボーダフォン、2013年7月に1兆8,000億円でスプリントと、以前にも世間の注目を集めるような大型の買収を行っていますが、今回はそれらを遥かに上回る金額での買収となります。

 

 

ちなみに、当該買収は「スキームオブアレンジメント」という買収方法(簡潔に言うと、被買収会社の株主とイギリスの裁判所の一定数以上の同意を必要とする買収)を利用するため、今後買収のための必要要件を満たさない等前提が大幅に変更する可能性もありますが、今日は買収が予定通りにいったことを前提として書きます。

 

 

 

まず、ARMはスマートフォンのCPU(人間でいう脳の部分)を設計しており、その設計図を半導体設計会社等に譲渡することによってライセンス収入を得ることを事業モデルとした会社です。

PC市場においてはシェアはほとんどないのですが、スマートフォン市場ではARMは約90%ものシェアを誇っています。

 

これまでボーダフォンの買収により携帯通信キャリアの権限を獲得し、スプリントの買収によりアメリカ圏の通信電波ライセンスを獲得してきたソフトバンク

今回のARM買収の狙いはIoT(Internet of Things)分野における圧倒的な成長であると言われています。

ARMは、総資産が約2,409百万ポンド、7月18日付のGBP/JPYレート約140円で換算すると、約3,372億円であります。

そして負債が460億円で純資産が2,912億円なので、かなり負債への依存度が低く、財政面でかなり良好な会社であると言えます。

 

 

純資産が2,912億円という会社に対して3兆3,000億円もの大金をはたくっていうのは、一見無謀というか少し無茶しすぎなんじゃないかといった印象を受けますが、買収をするときは基本的に被買収会社の資産と負債をすべて時価評価した上で企業結合の仕訳を計上するので、仮に資産と負債の時価差額がかなり大きければ、そこまで大きい買収差額、つまりのれんは発生しないこととなります。

 

 しかし、ARMの総資産のうちの約36%は時価評価のできないのれんであり、また、時価評価による変動がそこまで大きいとは言えない預金等が32%であることから、資産と負債の時価評価差額はそこまで純資産と大きく乖離することはない可能性が高いです。

 

 

つまりどういうことかというと、ソフトバンクの今後の連結財務諸表には、ARM買収により、追加でのれん又は無形資産が3兆円近く計上される可能性が高いのです。

2016年6月30日時点でソフトバンクは約1.4兆円もののれんを計上しているので、のれんの残高は倍近くになるかもしれません。

 

 

このように考えると、この買収、IFRSを適用しているソフトバンクだからこそできる大勝負ということになります。

なぜなら、IFRSを適用していれば、のれんを償却する必要がないからです。

日本基準では、のれんは20年以内の期間で毎期規則的に償却を実施しなければならないとされています。

これに対しIFRSでは、「のれんの価値の減価を測定するのは困難であり、しかも毎期規則的に価値が減少していくと仮定するのは適切ではない」という根拠から、価値が毀損しているかどうかを毎期調査し、毀損が生じていたら随時減損損失を計上することになっています。

 

仮に今回の買収でソフトバンクが3兆円ののれんを計上し、日本基準を採用していたならば、のれんを最長の20年で償却したとしても、毎年約1,500億円もの償却による費用を計上しなければなりません。

これは直近決算におけるソフトバンクの純利益が2,723億円であることに鑑みても、かなり大きな負担になります。

 

 

また、今回のARM買収とは関係ないのですが、ソフトバンクは総資産約20兆円のうち、無形資産が約6兆円計上されています。

そのうち約4.3兆円(主にアメリカにおけるスプリントの電波を利用するライセンス)は、これもまたIFRSの定めにより償却しなくてよいこととなっています。

無形資産も日本基準では毎期償却しなければなりません。

 

 

つまり、ソフトバンクIFRSを適用していることによる恩恵を大いに享受していると言えるのです。

そして、ここまでの孫正義氏による大勝負ができるのも、IFRSを適用しているから。

仮に日本基準を適用していたら、ソフトバンクのPL上の利益はかなり圧迫されていたことでしょう。(ちなみに、IFRSを適用していたとしても、ARMへの投資が回収できないと判断された時点で減損損失が計上されるため、如何なる場合でも損失を計上しなくてよいというわけではありません。)

 

IFRSを適用すべきとか、そうでないとか賛否両論ありますが、個人的に今回の買収ニュースを見て、やはり世界を股にかけて大勝負するような会社はIFRSを適用するべきなんだなと思いました。

買収時に支払うプレミアであるのれん。被買収会社の潜在能力が高ければ高いほどこののれんは大きくなり、そしてプレミアを支払った分だけの投資回収するためのリターン確保できるかどうかは各取引ごとにばらばらであることは間違いないです。

それなのに全ての取引から生じたのれんについて償却を要求する日本基準は、買収によって事業を拡大していこうと目論んでいる企業からすると間違いなく重荷になるし、それではそういった企業の積極性を阻害してしまうこととなります。

 

 

そしてソフトバンクは、IFRSを日本企業の中でもかなり早い段階から適用しています。

おそらく、上記のようなIFRS適用によるメリットを早々に見抜いていたのでしょう。

iPhoneを3大キャリアの中でいち早く導入したこともそうだし、孫さんがいかに先見の明であるかをこれまで幾度と証明されてきたため、今回の買収によりソフトバンクがどのような企業に発展してくのか非常に楽しみです。