読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

会計士の気まぐれ日記

時事問題、自己啓発、会計、経済、金融、プライベート等に関する情報を配信しています。

人生の目標は何か

オススメ本

本日2回目の更新。

とある本を読んですごく刺激を受けたので、その内容を共有しておこうと思いました。

その本が、こちら。

伝説のトレーダー集団 タートル流投資の魔術

伝説のトレーダー集団 タートル流投資の魔術

 

 

この本は、トレーディングの世界で大成功を収めた2人のカリスマトレーダー、リチャード・デニスとウィリアム・エックハートが、ある対決をした実在するストーリーを綴った本です。

その対決とは、

自分たちのトレーディングに関する成功ノウハウを提供すれば、一般の人もトレーディングで成功を収めることができるか?

といった内容です。

デニスはそれを可能と答え、エックハートはこれを不可能と答えました。

両者の意見は完全に対立するのですが、ここで実際にトレーダー養成所をつくって、成功ノウハウを伝授することが可能かどうかを試そうとする実験を始めました。

こうして、数千人の応募の中から、23人がこの実験に参加することになりました。

そして、その際にこの養成所に参加した人たちは、「タートルズ」と呼ばれています。

おそらく、投資の世界で生きている人でこの名前を知らない人はいないでしょう。

 

 

この実験の結果を言うと、「最強のトレーダーを養成することは、可能であるということになりました。

そして、この本は、そのタートルズのメンバーの一人である、カーティス・フェイスにより書かれたものです。

その、エピローグにある文章がものすごくいい内容でした。

以下では、その内容を原文そのままで記載させていただきます。

5ページ分くらいあるので少し長くなりますが、読む価値アリです。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ー自分だけの道を進めー

私は19歳のときに、トレーダーになることを決意した。

成功する自信があったから、数人の親しい友人に、21歳までに億万長者になってみせるといった。見栄を切るつもりではなく、トレーディングで成功するという希望を分かち合いたかったのだ。目新しい魅力的な世界だった。私はトレーディングにのめり込み、ついには大学を中退する決心をした。私の父は大学の学位を持たず、それが自分のキャリアを妨げたと考えていたので、いい顔をしなかった。

 

しかし、わたしは昔から個人主義者で、はばかることなく自分の意見を口にしたし、権威者との意見の不一致にもひるまなかったので、ほかのみんながどう思ってもあまり気にしなかった。これが自分にとって正しい決断であることを知っていたのだ。この独立心と歯に衣きせぬ物言いのせいで、面倒に巻き込まれることもあった。随分母を心配させたにちがいない。しかし、自分自身の役には立った。

 

他のすべてを切り捨ててトレーダーになる決意をしなかったら、自分の人生はどうなっていただろう。それを想像するのは難しい。確かなのは、リチャード・デニスの新聞広告には応募しなかっただろうということだ。

 

そして今のわたしには、トレーダーとしての人生が、その人の手腕次第であることがわかる。冒険をしなければ何も得られない。リスクは友達だ。恐れてはいけない。理解し、制御し、ともに踊れ。トレーダーは好結果を期待してチャンスに賭けるが、定期的に損失を出すことも予期している。彼らは、間違いを恐れて行動をためらったりしない。それは、生活のなかで身につくひとつの資源だ。彼らは自分だけの道を歩み、たまに何かの試みに失敗してもくよくよしない。それも人生の一部であることを知っているからだ。失敗が成功と学習の必要条件であることを、理解しているからだ。

 

私は以前から、途方もない難題や、たいていの人がばからしいとか、非現実的だとか、不可能だとかいうことに挑戦することを楽しんできた。多くの人が障害を見つけるところに可能性を見つけ、その機会を追求せずにはいられない。そのせいで何度も失敗したが、同時にそれぞれの経験で成功もし、新たな何かを学んだ。

もし、誰かに人生の目標は何かと聞かれたら、わたしはこう答えるだろう。

 

「もちろん、世界をよりよい場所にすることだよ。」

 

人々の持てる力を寄せ集めれば、たとえ小さな変化であっても、なんらかの具体的な方法で世界をよくすることができる。そう、私は思う。それは価値のある目的だ。もし、トレーディングに専念するだけで新しいことに挑戦していなかったなら、わたしは今よりはるかに裕福で、もっと”成功”していただろう。タートルの中にはそういう道を選んだ人もいて、数億ドルあるいは数十億ドルを運用するヘッジファンドを経営し、大変な成功をおさめている。同様に、もしわたしがソフトウェア産業の特定のニッチに専念していたら、今よりもっと成功していただろう。他の人々の基準に照らせば、ということだが。

 

いずれにせよ、わたしは自分の成功に関するほかの人々の意見など気にしない。私の人生の最期に、自分は何かを成し遂げられただろうか、人生を立派に心行くまで生きただろうか、と考えるのは彼らではない。私自信なのだ。

 

ー道なき道ー

旧友たちが口を揃えて言うには、私は長期にわたってある種の”中年の危機”におちいっているらしい。彼らの目には、私は無責任で風変わりな人間に映るのだろう。中年の危機というものが、人生を吟味して、社会とメディアがつくりあげた成功の基準に沿って生きるのをやめることなら、私はまさにその状態だ。まだあなたがそれを経験していないなら、ぜひ経験することをおすすめする。そうでなければ人生はおもしろくない。

 

私は度々、義務的なものごとを虚しく追求して自分を見失っている人々に出会う。両親や教師を喜ばせるため、よい仕事に就くため、たくさんのお金を稼ぐためなどの目的で、彼らは自分で選んだのではなく、他者が用意した道を歩んできた。小学校時代からそれが始まった人もいる。大学時代から、あるいは最初の仕事について責任を負い始めた直後からそれが始まった人もいる。

 

当然彼らは、夢に見たものや自分がなりたかったものからかけ離れた場所へと連れられていく。自分には選択肢があったという事実を、見失ってしまうのだ。人生のどの時点になっても、別のことをやる決心はできる。道を外れて、世界と自分自身を少しばかり探求する決心をすることはできる。

 

多くの企業には、この決められた道を表す言葉がある。それは”出世レース”とか、ただの”レール”とか呼ばれる。上手い例えだ。機関士はどの路線を走るか決められない。意思決定はレールを敷く人と、走行中にポイントを制御する人が行う。最近私はこの現象についてよく考え、ほとんどの人々が夢を追いかけないのは、努力が報われずに失敗することが怖いからではないかと気づいた。彼らは、自分が切り開いた道で試されるよりも、無難に歩き通せることがわかっている道、あらかじめ決められた道を行くほうがよいと信じている。

意識的にこういう意思決定をしている人はいないだろう。それは怠惰や行動の欠如によって起こる。

「大嫌いな会社のために退屈な仕事をするのが本当に好きなんだ。」

と自分に言い聞かせる人はいない。結果的にそうなってしまうだけだ。

 

彼らは気づかないうちにレールに乗る。そしていったん乗ってしまうと、そこからはずれるには意識的な努力を必要とする。そうしない限り、彼らはレールの導くまま終点にたどり着き、そこはおそらく行きたかった場所ではないのだ。意識的にレールに乗るわけではないので、夢から遠く離れてしまうまで、自分がどこにいるのかさえ気づかないかもしれない。

 

個人の成功を妨げるのは、客観的な現実ではなく、自分には不可能だと考えて限界を設けてしまうことなのだ。成功を信じられないからといって、一歩を踏み出せさなければ、成功までの道のりに障壁を築くことになる。その障壁は現実よりずっと厚い。挑戦すれば、失敗するかもしれない。しかし、成功するかもしれないのだ。一度も挑戦しなければ、成功することも不可能になる。

 

ー失敗なしでは学べないー

それに、失敗はそれほど悪くない。ダライ・ラマは、敵に感謝せよといった。敵は、友人や家族よりも多くのことを教えてくれるからだ。失敗はそういう敵のひとつであり、とても強力な敵でもある。

 

私にそれがわかるのは、周りの誰よりも数多く、多様な試みで失敗してきたからだ。同時に、失敗へのリスクを負うつもりがなければ得られなかっためざましい成功も、いくつか味わった。それを一歩先へ進めて考えてみれば、これまでにあげたどんな実績よりも、間違いや失敗からずっと多くをまなんできたころになる。失敗のリスクを負わなければ学ぶことはできない。私がそれなりに失敗を経験した理由の一部もそこにある。新しいことを学ぶのが好きなのだ。学ぶには失敗する必要がある。間違いや失敗を受け入れる気持ちがなければ、学ぶことはできない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

どうだったでしょうか。

人生の核心が詰まっていると思います。

本書はトレーディングに関する本ですが、このエピローグだけでも一読の価値ありです。

最期までお読みいただきありがとうございます。